マルコ・ボーボさんの旅行記
テーマ:世界遺産・遺跡・秘境
旅行記タイトル:ミーハー欧州蹴球紀行・番外編その2?ホタテ印の聖地?
旅行期間:2004/02/23〜2004/02/24

旅行記の内容:2004年2月から3月にかけて約3週間、サッカー観戦と遺跡・美術館巡りにイタリアとスペインへ行って来ました。
イタリアでの11日間を終え、いよいよイベリア半島上陸です。
スペインでの日程は
ミラノ→(飛行機/バルセロナ乗継)
→サンチアゴ・デ・コンポステーラ(1泊)
→(飛行機/マドリード乗継)サンセバスチャン(1泊)
→(飛行機/マドリード乗継)バレンシア(2泊)
→(鉄道)マドリード(3泊)の9泊10日間。
サンチアゴ・デ・コンポステラ?バレンシアは
ネットで知り合ったサッカーファンの女性Sさんと2人で回りました。
バルセロナで乗継&観光を済ませ、いよいよスペインサッカー旅の始まり…と、行きたいところですが、
まずはSさんと合流し、
世界遺産でカソリック3大聖地の一つであるサンチアゴ・デ・コンポステーラで1泊です。
実は大学時代に講義でここへの巡礼について学んだんですが、
そのときの先生が大のサッカーファンだったのは伏線だったのかも?
※写真は街のシンボル大聖堂。
写真:2004年2月から3月にかけて約3週間、サッカー観戦と遺跡・美術館巡りにイタリアとスペインへ行って来ました。
イタリアでの11日間を終え、いよいよイベリア半島上陸です。
スペインでの日程は
ミラノ→(飛行機/バルセロナ乗継)
→サンチアゴ・デ・コンポステーラ(1泊)
→(飛行機/マドリード乗継)サンセバスチャン(1泊)
→(飛行機/マドリード乗継)バレンシア(2泊)
→(鉄道)マドリード(3泊)の9泊10日間。
サンチアゴ・デ・コンポステラ?バレンシアは
ネットで知り合ったサッカーファンの女性Sさんと2人で回りました。
バルセロナで乗継&観光を済ませ、いよいよスペインサッカー旅の始まり…と、行きたいところですが、
まずはSさんと合流し、
世界遺産でカソリック3大聖地の一つであるサンチアゴ・デ・コンポステーラで1泊です。
実は大学時代に講義でここへの巡礼について学んだんですが、
そのときの先生が大のサッカーファンだったのは伏線だったのかも?
※写真は街のシンボル大聖堂。
空港からタクシーで30?40分ほどで旧市街へ。
昔の人は歩いて辿った巡礼の道も今は文明の進化であっという間です(笑)
予約したホテルがちょっと細い路地にあってわからなかったので、街のインフォメーションでホテルの場所とお勧めレストラン聞きました。
着いたときにはもう8時を回ってました。
ホテルHP:http://www.hgirasol.com/wellcome.htm
そしてチェックインのあと、さっき教えてもらったレストランへ。

というわけでしばらくはレストランへ行く途中で撮った夜の旧市街の写真をお楽しみください。

夜の旧市街というのも幻想的です。

旧市街のどこから見える大聖堂の尖塔。

裏から見た大聖堂。

日本と違って照明は控えめです。

と、フラフラ歩いているうちに目的のレストランへ。
(レストランそのものではありませんが、この通りにあるお店)
レストランというより食堂といった感じの素朴なお店でした。
(でも全世界から巡礼者が訪れる街だけにちゃんと英語メニューがあります)
出てくる料理もガリシア地方の郷土料理がほとんどですが、
海産物中心で日本人好みの味。
私はイタリア料理よりもスペイン料理の方が口に合うようです。
それと忘れちゃいけない白ワイン。
スペインワインの銘柄に詳しくないしラベルも読めないので、
お店の人に適当にお勧めワインを出してもらったのですが、
いまだにここで出された以上の白ワインを飲んだことがありません。

そんなこんなでガリシア料理を堪能し、ほろ酔い加減でまたホテルへ。
こうして聖地・サンチアゴ・デ・コンポステーラの初日は更けていきました。

翌日、朝食を食べてすぐさま大聖堂のあるオブラドイロ広場へ。

かの有名な栄光の門。
長く険しい巡礼路をやって来た巡礼者を優しく(?)迎え入れてくれます。
今でも徒歩で巡礼する人も多く、中心はバックパッカーの若者でした。
(この辺、比較的高齢者の多い日本のお遍路さんとは違いが出てます)
普通、巡礼者はこの門の下で祈りを捧げるのですが、私たちは飛行機でインチキして来たので(笑)パスさせてもらいました。

いよいよ大聖堂へ。

大聖堂入口。
続々と巡礼者・観光客が中へ。

内部。
この旅行記のタイトルの「ホタテ印」があちこちに見受けられます。
ちなみにホタテはこの聖地の主(?)・聖ヤコブのシンボルで街の至る所に飾られていますし、巡礼者もお守りに身に着けてました。
(先日のNHKのフランス世界遺産の番組にも出てきましたね)

中央祭壇の聖ヤコブ像。
9世紀のこの方のお墓が“発見”されたことからこの聖地の歴史は始まりました。
今ではローマ・エルサレムと並ぶカソリック3大聖地の一つにまでなっています。
(そう言えばこの旅で3大聖地のうち2つを訪ねたことに…残り一つはかなりハードル高そうですが(苦笑)

中央祭壇の他にもこのような小祭壇があちこちに。
イタリアの教会と比べると重厚で厳かな感じがします。

それとこのようにちょっと生々しいというかグロ系入ったものも。
やはりレコンキスタを経験したお国柄でしょうか?

そして白いマリア様。
カソリック国なのでマリア信仰も盛んです。

地下にはこのように中世にこのガリシア地方を治めた王や王族のお墓がたくさんありました。
これはレオン王・アルフォンソ9世の棺です。
(西洋史やってたのでどこへ行ってもついこの手の王様のお墓の写真撮っちゃいます(笑)

暗い地下から地上へ上がり、さらに上へ登ると広場では華やかな踊り子さんたちが。
そう言えばこの日はカーニバル。
さすがにリオやベネツィアには負けるけど、キリスト教の聖地ですからお祭りもそれなりにはやるようです。

アップその1。

アップその2。

いろいろ見て疲れたので大聖堂横の5つ星パラドールのカフェでお茶することにしました。
ここは元々はカトリック両王(かの有名なイザベル女王と夫君フェルナンド王)が建てた巡礼者用の病院で、名前もずばり「レイエス・カトリコス(=カトリック両王)」です。

私たちが泊まっているのは1つ星の民宿だったので、最高級5つ星の雰囲気を味わってみたわけですが…う?ん、正直その辺のカフェと変わりなかったり(苦笑)
でも内部は歴史を感じる風情のある作りでした。

大聖堂一帯を見物し終わって宿へ戻ると、鍵がかかってました…(汗)
ドアのところの張り紙を読むと、どうやら宿のオバちゃんはカーニバルを見に街へ出かけたようです。
(実は部屋を変えてもらう約束がしてあったんですが、ラテンの人はアバウトですね?)

私たちも街へ出ると町中にイルミネーションが。
カーニバルは仮面のお祭りなのでイルミネーションのモチーフも2枚の仮面です。

日本のお祭りのように山車や屋台も出てました。

いったん宿へ戻って休憩して再び街へ。
(部屋は無事変えてもらえました)
お祭りムードの中、屋台でいろいろ買い込んで食べてみたり。
ヨーロッパのお祭りもいいものですね?。
一度クリスマスも体験してみたいです。

そして忘れてはいけない、肝心の旅の目的のサッカー観戦!
この年は欧州チャンピオンズリーグ(CL)決勝トーナメントに
ガリシア地方の2チームが揃って残るという画期的な年で、
さらにこの日は両方のチームが同時に試合するという忙しい日だったので、
バールに入ると2台のTVで一方はデポルティボVSユヴェントス戦を、
もう一方でセルタVSアーセナル戦を中継して大盛り上がり。
結果はデポルが勝ってセルタが負けましたが、
何やかんやと楽しい雰囲気の中、聖地の2日目の夜も更けていきました。
(余談ですがこのバールでマフラーを置き忘れてしまいましたが、聖ヤコブに寄付したということでw)
そして翌日この地をあとにして、再びマドリード経由で今度はサン・セバスチャンへ。
寄り道が過ぎましたが、ようやく蹴球紀行・スペイン編の始まりです。

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