パリ便り【563】「産業革命を迎えなかった町」ポアチエ

サンチアゴ・デ・コンポステーラ旅行記

ソフィさんの旅行記

テーマ:歴史・文化・芸術

旅行記タイトル:パリ便り【563】「産業革命を迎えなかった町」ポアチエ

旅行期間:1961/10/26〜1961/10/26

旅行記の内容:1961年10月26日(木)

パリ行きの列車に乗ろうと、ニオールからローカル列車を拾い、ポアチエにやって来た。

今日は国鉄のストなので、列車は一日に一本しか走らない。


非常に不便だか、フランス人はのんびり構えている。

彼等の心情は、経営者側より労働者側に傾いているように見える。

労働組合も世論を気にしていて、反発を買うようなことは、極力避けようとしている。


ポアチエでも待ち時間が一時間あり、街を歩く機会に恵まれる。

この町は、8世紀にイスラムがヨーロッパを北に向けて攻め上った時に撃退した、「トゥール・ポアチエの戦い」で名高い。


15世紀ジャンヌダルクが活躍した時代にも、フランスの中心都市の一つだった
人口は約8万人とあまり大きな町ではないが、急な坂の多い街だ。


15世紀に創設された、パリ大学に次いで古いポアチエ大学があり、4人に1人が学生と言われる。

また11世紀に始まるサンチアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路に位置し、ロマネスクの教会「ノートルダム・ラ・グランド」が見どころである。


農業地域の中心都市として、政治、司法、教育、宗教の町であり「産業革命を迎えなかった町」とさえ、言われている。

写真:1961年10月26日(木)

パリ行きの列車に乗ろうと、ニオールからローカル列車を拾い、ポアチエにやって来た。

今日は国鉄のストなので、列車は一日に一本しか走らない。


非常に不便だか、フランス人はのんびり構えている。

彼等の心情は、経営者側より労働者側に傾いているように見える。

労働組合も世論を気にしていて、反発を買うようなことは、極力避けようとしている。


ポアチエでも待ち時間が一時間あり、街を歩く機会に恵まれる。

この町は、8世紀にイスラムがヨーロッパを北に向けて攻め上った時に撃退した、「トゥール・ポアチエの戦い」で名高い。


15世紀ジャンヌダルクが活躍した時代にも、フランスの中心都市の一つだった
人口は約8万人とあまり大きな町ではないが、急な坂の多い街だ。


15世紀に創設された、パリ大学に次いで古いポアチエ大学があり、4人に1人が学生と言われる。

また11世紀に始まるサンチアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路に位置し、ロマネスクの教会「ノートルダム・ラ・グランド」が見どころである。


農業地域の中心都市として、政治、司法、教育、宗教の町であり「産業革命を迎えなかった町」とさえ、言われている。

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